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彼女はくノ一! 第六話(61)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(61)

 そこには、香也が有働に頼まれて描いた絵の中で、一番大きなものが飾られている。下駄箱で靴を履きかえ、校内に入る時、真っ先に目に入る位置でもあった。
「……こういう絵、廊下のあちこちに飾ってたけど……これ、今度、ポスターになるんだっけ?」
 舞花が、今度は明確に香也に向けて、尋ねた。
「……んー……。
 そう……」
 香也は、頷く。
「その、印刷するためのチェック、今日もしてたんだけど……」
「……ねえ……」
 ちょんちょん、と、背後から手を伸ばして、香也の肩を指先でつついた者がいた。
 振り向くと、二年生の女生徒が、香也の背後に立っていた。香也は、その女生徒の顔と名前を、覚えていない。人の顔と名前を覚えるのが苦手だったので、イマイチ、自信がないのだが……香也にとっては、初対面の生徒だと思う。
「これ……。
 あちこちに張ってあったの、全部……本当に、君一人で、描いたの?」
 その女生徒は、ちょっと、気が強そうな顔つきをしていた。
「……んー……。
 そうだけど……」
 その女生徒が何を香也に伝えたいのかわからなかったが……香也が描いた絵だということだけは、確かだったから、香也は、反射的に頷いていた。
「……そっか……すごいね……。
 一年の、かのう、こうや……で、いいの?
 読みだけだと……そっか、あいつと同じ名前なんだ……」
 香也の返答を聞くと、その二年生は、しきりに頷いてみせる。

 特に香也に用事がある、というわけでもなく、通りすがりにたまたま舞花と香也の会話にいきあって、確認したくなっただけらしい。
「……なんだ、本田……。
 年下狙い?」
 舞花がからかうような口調で、その女生徒に話しかける。舞花とその女生徒は、顔見知りらしい。
「絵描き君……これでなかなかモテまくりだから、競争率高いぞ……」
「……そんなんじゃないよ……」
 その、本田という生徒は、憮然とした表情と口調で、舞花にいいかえした。
「ただ……あんだけ、一人で描いたってのがすごいな……って、思っただけで……」
 舞花は、その生徒を「荒野や孫子、明日樹、舞花と同じクラスの生徒だ」と、紹介する。やはり、香也たちとは、面識のない生徒だった。
「本田は……部活、なんだっけ?」
 明日樹が、親しげな口調で話しかける。
「一応、バスケだけど……今日残ってたのは、そっちじゃなくて、佐久間先輩の方」
「ああ……」
 舞花が、納得したように頷く。
「佐久間先輩の講義、評判いいもんな」
「ここ二、三日で、予想問題の的中率がかなり高いことも、証明されつつあるしねー……」
 本田が、天井に顔をむけた。
「……確実に、点数が稼げるってポイント、明確に教えてくれるんだから……そりゃ、盛況になるよ。
 わたしなんか、今日初めて出てみたんだけど……人数が多いもんだから、あの人、二つの科目、同時に教えてたよ。
 教室の前の黒板と後ろの黒板を使って……前と後ろ、行ったり来たりして……。
 教えて貰う側は、もちろん、どっちか一つだけ、習ってるんだけど……」
 ……あんな人も、いるもんだなぁ……と、本田はため息をついた。
 実は、一年の方でも、茅が似たようなことをやっているのだが……その事実を本田に教えようとするものは、誰もいなかった。

 堺、柏は、校舎の外に出たところで、例によって別れを告げ、駐輪場の方に去っていき、方向が違うという本田とも、校門を出たところで分かれた。
「……これは……」
 しばらく前に進んだところで、楓が、誰にともなく話しはじめる。
「佐久間先輩という前例がいいクッションになって……茅様の印象が、かなり柔らかくなっている感じですね……」
「……あの先輩がいないところに来て、茅ちゃんがいきなり今と同じようなこと、みんなの前でしてみせたら……確かに、もっと、センセーショナルな印象、もたれちゃうな……」
 舞花が、楓のいわんとするところ察して、頷く。
「もっとひっそりと……目立たないよう、息をひそめて、普通の生徒の振りをしながら、通うしかなかったかも知れない……」
「……でも……」
 明日樹が、首を傾げる。
「あの先輩……もともと、優等生で頭がいい人だったけど……あんな目立つような真似、わざわざするようになったの、ここ最近……だよね」
 そういって明日樹は、茅の顔に、意味ありげな視線を走らせた。
「転入したばかりの時、図書室で、先輩に声をかけられたの……」
 茅は、当たり障りのないことだけを、話す。
「……先輩とのおつきあいは、それ以来……」
 荒野と佐久間沙織との間にかわされた密約は、周囲の者にも明かされていない。
「まあ……もう、卒業だし……。
 先輩も、茅ちゃんたちみたいなのが、どんどん転入してきて、もう猫かぶらなくても、あんまり目立たないって思ったんじゃないか?」
 舞花が、取りなすような口振りになって、そんなことをいいはじめる。
「……そっか。
 もう、三学期だし……」
 明日樹は、考え込む顔になる。
「そういうのは、あるかも……。
 あれだけ頭いい人が、周囲に合わせてふつう程度の振りをするのも、それなりに疲れるだろうし……」




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