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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(209)

第六章 「血と技」(209)

「こいつらのことをなんといおうと勝手だけど……」
 荒野は冷静な声で返す。
「……こいつらは、現に、今、目の前にいる。
 おれは、正面からこいつらとつき合っていきたいね」
 荒野がそう答えた時、
「今、夕餉の支度ができたからな。
 運び込むから、炬燵の上、片づけるように……」
 といって、三島が居間に入ってくる。
 本格的な食事の支度がはじまり、会話は一度中断されることになった。

「……いやぁ、いいんですかねぇ、ご一緒しちゃって……」
 しきりに恐縮してみせたのは、東雲である。
「今日は、うちのお嬢とかその他とかがお世話をかけっぱなしだというのに……」
 さりげに、野呂の長である竜斎を「その他」扱いするあたり、この男の神経も相応に太かった。
「いいから、いいから……」
 そう答えたのは、羽生である。
「この家、いつもこんな調子だし、人数多い方が食事もうまいし……」
「ま。食料もそこのおっさんの奢りで食べきれないほど買ってきたしな。
 遠慮すんなって……」
 台所の方から三島もそう声をかけてくる。
「一応、みやげももらったしな……」
「先生の味付け、うまいよ」
 ガクが二本目の紙パックをあけてから、いった。
「食べないで帰ったら、損だと思う……」
「……ガク、お前……。
 腹、何ともないか?」
 荒野はガクに尋ねた。
「向こうでケーキもがっついてたし……それにそれ、二本目だろ……。
 これから飯、入るのか?」
 荒野はたった今ガクが飲み干した牛乳の一リットル入り紙パックを指さす。
「全然、平気」
 ガクは平然とした顔で答えた。
「それより、いっぱい食べて早く大きくなるんだ」
「そりゃ、いいけど……」
 荒野は、なんとも微妙な顔をする。
「……根性で背が伸びると、いいな……」
「伸ばす。絶対、伸ばす」
 なんだか知らないけど、ガクはやけに張り切っていた。
「背だけではななくて、すぐにむっちむちのプリンプリンになって、おにーちゃんを誘惑してやるんだっ!」
 ……荒野は、フェロモン系に成長したガクを想像しようとしたが、うまくイメージできなかった。
「……ま、無理をしない程度にな……」
 そこで、そんな当たり障りのないコメントを返しておく。
 ノリが見事に成長して帰ってきたことに、ガクなりに衝撃を受けているらしい。

「……量は食べきれないくらいあるから、ゆっくりとバランスよく食え。
 肉だけではなく野菜もなっ!」
 スキヤキの鍋が煮えてくると、三島はそういってGOサインを出した。
「……いただきますっ!」
 と唱和して、特に食べ盛り育ち盛りの子供たちが、一斉に箸を伸ばす。
 三島は一度台所に引っ込こみ、
「こいつらのペースが落ちるまで、これでも食って間を保たしてくれぃ」
 といって、焼き蟹の皿を持って大人たちの前に置いた。
「あと、食ったらその分、鍋の中に具を補充しろよっ!」
 と、これは、食料の争奪戦を繰り広げる子供たちに向けていった。
 人数が多いということもあったが、放っておけばあっという間に鍋の中が空になる。
「この汁が……エキスいっぱいって感じで……」
「……ああ。椎茸なんかも、肉と野菜のうまみを吸ってて……」
 要するに、「うまいうまい」、といいながら、箸を休める者はいなかった。
 楓と孫子は、自分の分を取るついでに、競うようにして香也の器に肉を放り込んでいる。
 マイペースで淡々と休まずに箸を動かし続け、結果としてかなり大量に食べている荒野。
 猛然と箸を動かし、餓鬼にでも憑かれたようにがっつくガク。
 荒野がガクほど早いペースではないものの、テンとノリは談笑しながら、しっかり箸を動かし続けるし、茅や酒見姉妹も同様だった。
 彼らほど派手ではないが、飯島舞花、柏あんな、栗田精一ら、水泳部の三人組もいかにも体育会系らしい食欲を発揮しているし、その他の徳川や堺、玉木、有働らも、年齢相応に食べている。
 彼も今日は朝からずっと動きっぱなしであり、本人たちが自覚している以上に体が休息と栄養を欲していた。
 三島は台所と居間をくるくると忙しく往復して、空になった皿を下げては用意していた鍋の材料を補充する。

「……こうなると、新種も一族も一般人も、変わらないな……」
 そういったのは、小埜澪である。
 大人組は若い者のペースにはついていけず、手近な料理に時折箸をつけながら、東雲が持参した酒をチビチビと舐めている。
 一般人と一族の融和と共生が荒野の理想だというのなら……この食卓に限り、荒野の理想は実現されているように、小埜の眼には映った。
「……一般人と混じることができる奴らは、そうすりゃいいのさ……」
 竜斎は、誰にともなく放った小埜の呟きに返答した。
「だがな……一族は、すべてをオープンにできるほど綺麗な存在じゃあねぇし、そういう汚濁の中でしか生きれれねぇ連中ってのも、確実にいるんだ。
 それに、一般人の方だって、異質な者に対して寛容に振る舞える奴らばかりじゃねぇ……」
 野呂の術者の中には、一族の組織からあえて距離を置き、単独で自分の仕事を行いつつ生活する者も多かった。
 竜斎の立場では、そうした者たちから伝えられる様々な摩擦について耳にする機会も、それだけ多いのだろう……と、小埜は想像する。
 それとも……竜斎自身の経験から出た言葉、なのだろうか?
「わ、わたしは、これですから……」
 そういって流静は自分のサングラスを指で叩く。
「か、かえってわかるんですけど……個人の能力差、など……じ、実は、みんなが考えるほど、たいしたものではないのです……。
 た、たしかにわたしは、皆様ほど物は見えませんが……そ、そのかわり、物以外のものは、わたしの方が皆様より、よくみえています……。
 わ、わたし程度の障害など、け、健常者が考えるほど、たいそうなものでもないのです……」
「だけど……」
 東雲が、静流の言葉を引き取る。
「その……些細な差異をあげつらって仲間だけで固まり、排他的な組織を作ろうとするのも、人間というものの本質だぁ……。
 能力もそうだが……国家、宗教、民族、肌の色……一族だって、中にいくつもの派閥があって、決して一体ではない……。
 人間に、何かに所属することで安心する、という帰属意識がある限り、差別はなくならない……。
 そこを無理に変えようとすると……」
 いつか、手痛いしっぺ返しを食らうんじゃないのか……という続きの言葉を、東雲は口にはしなかった。




[つづき]
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